東京無償化裁判、判決日のこと

著書「ルポ 思想としての朝鮮籍」で知られるフリージャーナリストの中村一成さんが記した感想を以下に紹介します。

東京無償化裁判、判決日のこと

中村 一成・2017年9月20日

最悪の不当判決が言い渡された法廷や裁判所前の抗議行動、その日夜の報告集会の熱気について記録しました。そもそも雑誌原稿の草稿として書いていたのですけど、依頼されたより遥かに膨らみ、そのままでは使えなくなりました(それでも400字詰換算で15枚程度ですが)。メモの形で公開します。

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余りにも酷い光景だった。
入廷してきた田中一彦裁判長の「一刻も早くこの場を離れたい」と書いてあるような強張った顔に、続く言葉への不安がよぎる。それは最悪の形で的中した。
「原告らの請求をいずれも棄却する、訴訟費用は原告らの負担とする」。それだけを告げると法服を着た三人の役人は席を立ち、背後の扉へと逃げ込んで行った。判決要旨の朗読もない。この間10秒足らず。先立つメディアの廷内撮影には120秒使ったにもかかわらず。
「不当判決!」「無償化法に違反しとるじゃないか!」。傍聴席から怒号が飛んだのはその数秒後だった。この日、地裁に詰めかけた1600人だけではない。全国各地の生徒や保護者、学校関係者、支援者が抱いていた「大阪に続いて東京で勝ち、流れを変える」という願いが、わずか二行の読み上げで裏切られたのだ。茫然自失だった。
原告に立ったのは元生徒62人である。当然ながら裁判は何年もかかる。訴訟当事者になれば個人情報が相手に渡るのは避けられない。尋問に立つ可能性もあれば、将来に渡って如何なる不利益も蒙らないとは言い切れない。それら付き纏うリスクについて弁護団から幾度も説明を受けてもなお、数多くの生徒が勇気をもって名乗りを上げたのは、「自分たちの代でこんな差別は終わらせる、後輩に同じ思いはさせたくない」との一念だった。
法廷内には、多くの現役、元生徒が座っていた。この国で延々と続いて来た朝鮮学校差別への「否」を裁判官の口から聞き、仲間と笑顔をかわし、歓喜の涙を流し、手をとり合い、喜びを分かち合う……。そんな願いは暗転した。
東京朝高の慎吉雄校長が茫然とした顔で席に座り込んでいた。「勝ちの瞬間を子どもたちに見せたい」と、全校生徒を連れて傍聴に来ていたのである。排除から7年、提訴から4年半が経つ。この間、差別と闘ったのは在日同胞だけではない。多様な属性、異なる社会的立場にある者たちが集まり、「共生」「平等」への希求を分かち持ち、共に迎えたのがこの日だった。慎校長が子どもに見せたかった「勝ちの瞬間」とは、勝訴が告げられる、まさにその瞬間であると同時に、属性を超えた協働が為し得た達成の「瞬間」、一つの社会像が現前する「瞬間」だったのだろう。卒業して社会に羽ばたき、おそらくは今後も日本に根を張り、生きて行くだろう生徒たちに、傷つけられ続けてきたこの社会への「信頼感覚」を少しでも回復して欲しい。この社会を生きる「展望」を得て欲しい。そんな教育者の祈りは、この場では叶わなかった。唇を噛み締めて涙を流し続ける人、互いの腕を抱えながら辛うじて出口へと歩みを進める人びともいた。
そもそも無償化排除の端緒は、党内に反対意見に押され、朝鮮学校の指定を店晒しにした鳩山由紀夫首相(当時)をはじめとする民主党政権の良心も人権感覚も欠落した不甲斐ない態度だった。国だけではない。無償化排除への流れの中で、少なからぬ自治体が補助金の停止、廃止に踏み切るなど、国と共同歩調で「朝鮮学校潰し」を進めている現状がある。「北朝鮮に関係する者には何をしてもいい」。政府、自治体が率先して差別を煽動し、官民の間でレイシズムが循環増幅していく昨今の状況を考えれば、「平等」を求める広範な世論の形成も難しい。残るのは「司法」である。不正を公的に正す最後の手立てにかけた人びと、その思いに対する裁判所の「応答」がこれだった。
今回の集団訴訟は全国5カ所で取り組まれている。言うまでもなくそれは1940年代から続き、特に第二次安倍政権以降、激化の一途を辿る朝鮮学校差別への法的応戦である。「朝鮮学校、朝鮮人には何をしてもいい」との発想に待ったを掛け、子どもの学ぶ権利を守るという思いは各地に共通するが、一方で「闘い方」は地域で微妙に異なっている。
東京はいわば「禁欲路線」で闘ってきた。朝鮮学校の排除は露骨な差別であり、国際人権上の基本である「民族教育の権利」への侵害行為なのは疑うべくもない。これまで幾つかの戦後補償や在日外国人の人権保障を巡る裁判闘争を取材していた感覚からすれば、憲法や国際人権法を根拠にした主張を想像するのだが、東京ではいずれにも踏み込んでいない。それどころか朝鮮植民地支配と皇民化政策で奪われた言葉や文化を取り戻す営み、言い換えれば脱植民地主義、反レイシズムの具体化としてスタートした朝鮮学校の歴史や、弾圧の中で教育を守りぬいてきた正統、正当性を前面に掲げてはいない。
論点は、第二次安倍政権による朝鮮学校排除は「政治、外交的理由」に基づくもので、無償化の根拠法に定められた目的「教育の機会均等の確保」に反した違法行為であること。争点をそこに絞り込み、立証に全力で取り組んできた。ある意味、法廷で一番「言いたいこと」をあえて「我慢」したのである。端的にいえば、憲法や国際人権への言及を嫌がるような怠惰で保守的な裁判官――残念ながらこの類の裁判官は今も少なくない――であっても、原告勝訴の判決を「書き易い」方向を提示してきたのである。「絶対に負けられない裁判」をどう闘うのか、どうすれば「勝訴判決」に近づけるのか、その一点を考え抜いた末の、苦渋の選択だった。
原告側は、「下村博文氏が自民党野党時代にブログや機関誌に書き語った内容」、「議員立法で提出した朝鮮学校排除案」、「下村氏が文相就任時の記者会見で『拉致問題の進展がないこと』を先ず挙げて、「省令改正」で不指定にする方向と公言したこと(すなわち、朝鮮学校を制度の指定対象とする根拠規定(ハ)を削除する意味)」「わざわざ設けた専門家による審議会の結論を待たずに規定(ハ)の削除を指示したこと」などを次々に立証、これらを根拠に、排除は根拠法の趣旨に反した違法、無効なものなどと主張した。
特筆すべきは昨年2016年12月に実現させた、当時の文科省担当役人の尋問だ。国側が学校に出した不指定通知に記された理由は「(1)規定ハを削除した」「(2)規程第13条に適合すると認めるに至らなかった」の二点である。会見で大臣が言った「拉致問題云々」は消えていた。規程13条とは、規定(ハ)に関して設けられた別途規定で、「法令に基づく適正な学校運営」を指す。国側はこの規程13条は、教育基本法16条に記された「不当な支配」(これはそもそも「戦前」の教育が軍国主義教育に歪められたことへの反省で記された文言だ)が含まれると拡大解釈。裁判では、朝鮮学校には、朝鮮総連から「不当な支配」を受けている「懸念」があり、就学支援金を支給すれば流用される「おそれ」があるなどと主張してきた。これは明白な訴訟対策、誤魔化しである。(ハ)の削除だけだと、記者会見などでの下村発言の「理由」との関係で、排除が根拠法の目的に反した「違法行為」と認定される危険が生じるからだ。
尋問では当時の担当者二人が出廷した。しかし大臣が会見で述べた理由「拉致問題の進展がみられない」云々と、それについての言及がない不指定通知との矛盾については説明が出来ず、挙句には「(下村の発言は、政治的、外交的理由ではなく)国民に分かり易く説明したもの」と言い張った。緻密な質問で矛盾を突かれると、担当者は何度も回答不能に陥り、弁護士からの質問をリピートする場面が目立ち始める。
「貴方の発言は矛盾しているのでは?」と聞かれた担当者が「矛盾って何ですか?」と問い直し、呆れた弁護士が「盾と矛ですよ」と答えた時には傍聴席から失笑が漏れた。
無償化排除は、第二次安倍政権の性格といえる「政治が通れば道理が引っ込む」的傲慢さに基づく措置だったことは明らかだった。「脇の甘い」上司(大臣)の「不手際」を、衆人環視の中で取り繕い、自らの立場を守ろうとする「役人」の悲哀が垣間見えた。
尋問は成功だった。「政治的、外交的理由」との言質こそ取れなかったが、「政治的、外交的理由」に基づく、行政権力の不当な教育への介入であったこと、「歴史修正主義者」と「レイシスト」の集合体である第二次安倍政権の本質を表す、在日朝鮮人、朝鮮学校への差別に他ならないことを浮き彫りにしたのである。それは緻密な問いで担当者を追い詰めた原告側代理人の努力は勿論として、現役官僚の尋問を採用した裁判官の決断があったからこそだ。でもその後、結審前に当該裁判長がなぜか交替したのである。
その代わりが、東北から中心部に「戻って」きた田中裁判長だった。その不可解を検証する手立てはないが、結果を見れば、まるで敗訴判決を書くために投入された「ワンポイントリリーフ」である。
判決を一読して、要旨も読まずに逃げた理由の一端が垣間見えた。名判決は得てして論旨が明快で格調高いものだが、これは真逆なのだ。「結論ありき」の駄文の極みなのである。さすがにあの裁判官をもってしても、これを人前で読むのは避けたかったのだろう。
田中裁判長らは原告側が示した事実を一切無視し、政治におもねった。後付に過ぎない国側の主張、「規程13条に適合すると認めるに至らなかった」に全面的に依拠。朝鮮総連からの「不当な支配」の「懸念」と、「流用」の「おそれ」を柱に、文科大臣にほぼ無限の裁量権を認めた上で、その判断それ自体をも「適正」とお墨付きを与えた。
そこで持ち出してきた「魔法の杖」は、国側が提出してきた産経新聞の記事や、公安調査庁の報告書の類である。その一つ一つを検証した大阪地裁判決では、露骨な印象操作や、裏付け無視の「書き飛ばし」ぶりが次々と指摘され、いずれも証拠価値を認められなかった代物である。国が出してきた「証拠」類をすべて丸のみ。その真偽を裁判所として検証することもなく、ひたすら国側の言い分をトレースした。結論を決め、そこに都合よい文言だけを切り取り、論理性など無視して切り貼りをしていく。まるでサイバースペースに棲息する差別主義者たちの書き込みだ。
挙句の果ては、四半世紀前に広島で起きた「名義貸し」問題まで引っ張り出してきた。これも大阪地裁判決では、古い話であり、その後に問題は起きていないなどとして退けられたものだ。国側の差別扇動に乗っかり、政治的、外交的理由に止まらず、治安管理的な観点をも教育の場に持ち込む。司法のチェック機能など端から無視した破廉恥ぶりである。第二次安倍政権以降、加速度的に進む行政権力の教育への介入をすべて肯定する一方で、その根拠を何ら示さないのである。
さらに開いた口が塞がらないのは、原告側が積み上げてきた事実を一切無視し、下村の不指定処分は「政治的、外交的判断ではない」としたこと。会見発言を「素直に読めば」「具体的な処分やその理由について述べたものではない」とまで言い切った。まったくもって理解不能である。おまけに原告側が立証し切った規定(ハ)削除の違法性については、13条の判断で事足りるとして、判断すら避けた。
104頁の判決文は、提出書面をコピー&ペーストしただけの代物、長いだけで裁判官自身の思考の形跡がないので、まるで「説得力」がない。全体的に粗雑なのはもちろん、前述した下村発言の評価など、何度読んでも、どう考えても辻褄が合わない「認定」が重要な部分でなされている。個別の文章でも意味それ自体がさっぱり掴めない部分も散見される。こんな事実と論理の欠落した悪文が「判決」として通用するならば、司法試験など不要だろう。一方で、稀に見る駄文から読みとれるのは、証拠価値のない「証拠」を並べ上げ、その隙間を自らの推察と憶測、偏見で埋めて「判決文」に仕立て上げた裁判官たちの忖度と保身、そして彼ら自身に巣食う差別意識である。結論ありき、最低限の良心すらも欠落した「決め打ち判決」の見本だった。あの裁判体は、裁判官の矜持や人間としての羞恥心をドブに捨て去り、レイシスト集団に他ならない第二次安倍政権最初の「仕事」だった「差別」を是認し抜き、それに「共犯」したのである。
「ふざけるな!」「不当判決反対!」。裁判所前では怒号が飛び交う。応答を拒む無機質な建物に、シュプレヒコールが投げつけられ、無償化闘争の現場で歌われてきた「声よ 集まれ 歌となれ」が終わることなく響き渡る。一方ではそれを茫然とした表情で見つめるオモニがいる。「やっぱりな……」と呟く人や、両手で顔を覆ったまま立ちすくむ人もいた。「これで、ぼくらの代で終わりにしたかったのに……たった二行で、悔しいです」。原告の男性が泣きじゃくりながら、テレビのインタビューを受けている。「負けてたまるか 私たちは絶対に負けない 負けない気持ちがある限り負けない」――。支援者がメガホンで叫び、前を向こうと呼びかける。そんな抗議行動は四十分以上、続いた。
報告集会は午後6時半開始だった。判決の影響が心配されたが、6時前から人びとが詰めかけ、開始前には通路にまで人が溢れ、最終的には1200人が参加した。
権力の中心「東京」で国と真正面から闘い、勝つことの難しさ、その壁の厚さを目の当りにさせられたからこそ、仕切り直しの集まりに人びとは駆け付けたのだと思う。1948年から繰り返されてきた数々の弾圧に際し、人びとが集い、身体を張って闘ったように。そこには闘いで築かれた「つながり」の強さがあった。
集会では弁護士が次々と登壇、原告たちの期待に応えられなかったことを詫び、高裁での逆転を誓った。原告の卒業生らが決意を表明した後は、広島や大阪、名古屋、福岡で闘いを勧める人びとや、韓国の支援団体メンバーたちがいっそうの連帯を確認していく。とりわけ地元で学校を守りぬいてきた歴代オモニ会長の言葉は気持ちを揺さぶるものだった。
「日本に正義はあるのか。植民地解放後、朝鮮人が真っ先に取り戻したのが朝鮮語であり、自分の名前だった。子どもたちをウリハッキョに通わせて立派な朝鮮人に育てたい。これのどこがいけないのか。すべての差別が根絶される日まで、日本中の子どもたちの笑顔と明るい未来のために、心を合わせて闘って行きましょう」
「子どもにはどんな判決が出ても『泣くな』と言いました。私たちは何も悪いことはしていない、当然の権利を求めているだけ」
「倒されたら起きたらいい。これ以上、子どもに涙を流させない」――。
何があろうとも勝つまで闘い抜く。マイクと一緒にその思いをリレーし、オモニたちの言葉は強度を増していく。その姿は、人は人である限り尊厳を求めるという、普遍的な事実を示していた。行政権力の差別をヒラメ裁判官たちが是認しても、人間が尊厳を求めるのを止めることはできない。上からの権力行使でそれを諦めさせられると考えているのは、安倍や下村、そして彼らの専横を看過、共犯した文部官僚たち、さらにはそれに「御墨付き」を与えた裁判官たち自身が、自らの尊厳を手放して恥じぬ存在だから、言い換えれば言葉の真の意味での「奴隷根性」の持ち主だからだろう。
高裁での逆転勝訴に向けた闘いは始まっている。既に高裁段階の広島と大阪、地裁段階で闘っている愛知、福岡でも勝利を目指す歩みは続く。大阪からの流れはいったん止められたが、民族教育を巡る司法判断は、民間レイシストによる京都事件判決から官製差別の大阪無償化判決へと繋がり、前に進んでいるのも確かな事実なのだ。3つ目の判決が出てことで、裁判所の「出方」も見えてきた。突っ込みどころ満載の広島、東京ヘイト判決の切り崩しや、大阪判決の「守り方」にも知力が絞られている。大阪補助金訴訟の控訴審も進んでいる。そしてこの闘いの勝利は、司法の枠には留まらない。最後の勝利に向けて、取り組めること、やるべきことはまだまだある。諦めるという「選択肢」はない。尊厳や自由、平等がなぜ大事なのか。身をもってその意味と重みを知る人たちにこそ、さらに大きな喜びを勝ち取る権利があるはずだ。