田中宏先生講演会

 

 

田中宏先生の講演と、裁判報告

去る6月11日、東成区民センターに於いて「無償化連絡会・大阪」主催の「田中宏先生講演会・裁判報告集会」が催されました。午後6時半に開演した集会には大阪のウリハッキョを支援する同胞や保護者、日本の方々、約400人が集いました。この日、司会を務めたのは弁護団の三好吉安弁護士と、朝鮮学校卒業生のキム・ソンランさん。二人は軽妙な掛け合いで集まった参加者らを終始盛り上げました。

ウリハッキョ応援ソング「MORE(モア)」

集会に先立ち、歌唱指導が行われました。大阪朝鮮歌舞団の皆さんが美しい歌声で、ウリハッキョ応援ソング「MORE(モア)」を指導してくれました。この歌は、昨年大阪府下の朝鮮学校児童・生徒たちから募った詩を元に、曲を付けて完成させた子どもたちのための応援ソングです。英語の「MORE」と朝鮮語の「모아=集めて」をかけたタイトル通り、明るい曲調に乗せて参加者らも元気に歌いました。

大阪朝高の舞踊部が華やかな踊りを披露

集会の幕開けを飾る舞台には大阪朝鮮高級学校舞踊部の生徒たちが上がりました。艶やかな伝統的チマチョゴリに身を包んだ2年生11名による民族舞踊「小太鼓の舞」に参加者らは大いに魅了されました。一糸乱れぬ身のこなしで軽やかに舞う生徒たちの姿は、朝鮮学校を守るために日々闘い続ける参加者らを全身で鼓舞するようでした。客席からは、力強くも美しい生徒たちの舞いに惜しみない拍手を送りました。


◆ 講演:田中宏(一ツ橋大学名誉教授)

子どもたちの問い「朝鮮人って悪いことなん?」にどう答えるか

〜 高校無償化における朝鮮高校除外を考える視点について 〜

高校無償化制度からの除外。補助金交付の停止。行政主導のあからさまな民族教育差別は、朝鮮学校と子どもたちに深刻な経済的打撃ばかりでなく、癒しようのない精神的苦痛を与えました。深く傷つき、打ちひしがれた子どもたちは大人たちに問います。「朝鮮人って悪いことなん?」

■一ツ橋大学名誉教授である田中宏先生は、「高校無償化裁判」が始まる遙か昔から、朝鮮学校をはじめとする在日外国人学校に関わってこられました。公教育に比べ、はるかに立ち後れた処遇。外国人学校が抱えた制度的な諸問題は、閉鎖的な日本の定住外国人政策に根があると先生はあらゆる場で常々発信してきました。民族的マイノリティーに寄り添い、同じ視座を持って差別是正に取り組んでこられた先生がご自身の経験と研究をもとに、在日コリアンの民族教育を取り巻く今日の状況について語られました。
講演の冒頭、先生は在日の問題と深く関わりを持つようになったきっかけとご自身が続けてこられた研究の原点について紹介されました。まだ日韓、日中ともに外交関係が出来ていない1962年、先生はアジア人留学生、研修生を受け入れ指導しておられました。香港、台湾の学生たちが主な対象です。翌年の1963年11月、彼らが語った厳しい話の内容を先生は回想しました。「田中さん、日本では歴史をどう学んでいるんですか?千円札が聖徳太子から伊藤博文に変わったけれども、伊藤は朝鮮民族の恨みを買ってハルピンで殺された人でしょう。戦前ならいざ知らず…。この千円札で毎日の買い物をすることになる在日朝鮮人のことも少しは考えてみたら…。日頃から政府を批判する文化人、知識人もたくさんいるようだが、誰一人として、この千円札のことは言わない。一億人が何を考えているのか、薄気味が悪い。」先生は、ヘイトスピーチやヘイトクライムも歴史に深く根ざした問題だと仰いました。
■先生は、敗戦後日本が「歴史認識の歪み」を正せぬまま「未完の占領改革」を引きずって来た事が今日の在日外国人に対する差別政策に繋がっていると仰います。ポツダム宣言が引用するカイロ宣言には、「朝鮮の人民の奴隷状態に留意し、やがて朝鮮を自由独立のものたらしむる。」と明記されています。しかし、日本政府は「原状回復義務」を放棄し、一貫して差別政策を敷いて来ました。あらゆる法令に於いて諸権利を「国民」に限定するかたわら、納税に関する義務に於いては「居住者」と使い分けてきた方便が、昨今の高校無償化制度除外や補助金不支給に際しての整合性を欠いた不当な根拠にも通底していると先生は指摘されました。
■先生は、サンフランシスコ講和条約発効を機に、日本国籍を喪失した在日コリアンが、就学義務に関する法令からも除外され、自らの手で「学ぶ権利」を探し「国語講習所」に端を発する民族教育を始めた歴史をひもときながら、日韓条約時の文部次官通達や阪神教育闘争、二度にわたる強制閉鎖令を経てもなお生き続けてきた朝鮮学校の歴史はまさしく在日の権利闘争の歴史だと指摘しました。また、1966年から幾度となく上程されつつも廃案に追い込まれた「外国人学校法案」に見る国の差別政策とは裏腹に、東京都知事による朝鮮大学校認可、自治体による補助金支給、JR通学定期券・割引率差別是正、各種競技大会の出場資格、大学入試資格など、朝鮮学校に対する「教育の同等性」承認も進み、全ての朝鮮学校が各種学校として認可され、様々な名目での補助金が支給されるに至った経緯を紹介されました。そんな中、一条校に加え、専修学校や外国人学校をも含む「すべての学び」を対象として「高校無償化法」がスタートしたことを画期的と評価しつつも、朝鮮学校のみを除外した国の姿勢を厳しく批判しました。
■さらに田中先生は、2002年の「拉致問題」を機に、日本社会にはびこる排他主義や歴史修正主義を容認する空気が醸成され、「在特会」や「ヘイトスピーチ」に代表される「在日コリアン差別」が台頭してきた今の状況は、朝鮮学校ばかりでなく日本社会自体を蝕む「病巣」になっていると語りました。これら一連の朝鮮学校問題を、普遍的人権を守る問題として捉える事から始めなければならないと仰いました。
■先生は、国連人種差別撤廃条約の前文を引用し、同条約が「植民地主義に伴う差別」を非難していると解説されました。しかし、この条約に加入している日本政府が、政策に正しく反映させず、朝鮮学校問題をもって自ら踏みにじっていると仰いました。また、国連社会権規約が厳しく指摘し、朝鮮学校の「高校無償化除外」は明らかな差別であるとしているにも関わらず是正しようとしない国の姿勢は国際社会の感覚と非常にずれていると仰いました。そして「過去の植民地問題とどう向き合うか」が依然として日本社会の課題だと指摘されました。
■講演の最後に先生は、かつて国連の特別報告者が朝鮮学校を訪問し、「日本社会の朝鮮人差別を非常に懸念してはいるが、朝鮮学校で民族的アイデンティティーを確立するため一生懸命学んでいる子どもたちの姿に希望を感じる。」と感想をもらした事を紹介されました。そして、韓国でも朝鮮学校支援の輪が広がりを見せている今日の状況こそが正しい社会の在り方であるとして、裁判闘争が大詰めを迎えた今、連帯の力を持って民族教育を守り抜こうと力強く訴えかけ講演を締めくくりました。


伊地知紀子教授がアンケート調査結果報告

大阪市立大学の伊地知教授が、昨年5月14日に行われた補助金裁判で法廷に提出された「大阪府・朝鮮学校保護者アンケート」の鑑定意見書を元に、朝鮮学校と保護者家庭の現況について分析結果を報告されました。府内10校の朝鮮学校在学生家庭776世帯を対象にして初めて行われた本格的な意識調査を通じて浮き彫りとなったのは、国や地方自治体が制度差別の根拠として挙げる「祖国や組織に不当支配された偏向教育の場」などでは決してなく、多様性に富み、高い水準の教育とアイデンティティーの獲得を可能にしている「真の民族教育」としての姿でした。伊地知教授は客観的なデータを元に、多様化する朝鮮学校保護者の実状や学校運営の負担、朝鮮学校に対する思いを示すと共に、朝鮮学校の存在意義について述べられました。日本学校に通う在日外国人の大半が本名を名乗れずにいる統計結果から、朝鮮学校が人格形成の重要な場になっていると指摘し、さらには地域交流、国際交流の場になっていると実例を挙げて示されました。最後に伊地知教授は裁判所に対して公明正大な判断を強く求めました。

木下裕一弁護士が補助金裁判報告

裁判報告では、まず木下裕一弁護士が登壇し補助金裁判の進行状況について述べられました。木下弁護士は、4月19日と25日に行われた口頭弁論期日に於いて原告側から5人(伊地知紀子教授、当時の生徒、保護者、教員、理事長)、被告側から3人(大阪府職員2人、大阪市職員1人)の証人尋問が行われたとして詳細を報告しました。その中で木下弁護士は、そもそも大阪府が政治的な目的で補助金交付要綱を改訂したこと自体が違法であり、それによって不交付決定がなされたことが違法だと指摘しました。また、大阪市が大阪府の補助金を補完する目的で補助金を支給してきたとしながらも、2010年度には府の決定を待たずに2ヶ月も早く交付していた事実が矛盾すると指摘しました。木下弁護士は、尋問でのやり取りを通じて大阪府と大阪市の不手際が明らかになったものの、それだけでは裁判に勝てないとして、8月の9日に行われる最終口頭弁論の場で国際法、憲法などの条文、理念により補助金交付の権利性を強く立証して行くと言いました。そして年内の判決に向け更なる支援を訴えかけました。

李承現弁護士が無償化裁判報告

続いて李承現弁護士が高校無償化裁判について報告しました。李弁護士は、本件の争点について6つの問題を挙げ具体的に説明しました。その中で、規程13条の要件を大阪朝鮮学園が満たすかどうかについて、政治的理由により不指定処分を受けたことや、そもそも13条の法令に教育基本法16条(不当な支配)の是非が含まれないことから、大阪朝鮮高級学校が13条に適合すると明確に示しました。また、国が審査会の意見を聞かずに不指定処分にしたことが手続違反にあたり、憲法や国際人権法に照らしても違法である事と指摘しました。李弁護士は今後の進行の中で、立証のため最後に三つの問題を提起すると明かしました。それはまず、出来る限り多くの証人尋問を申請し、当事者の生の声を法廷に届けること、そして教育法学者の意見書を提出し、被告の言い分である「不当な支配」論が教育基本法16条に照らして矛盾していることを立証すること、更には裁判官による検証か、もしくは映像視聴を通して朝高の真の姿を理解してもらうことです。李弁護士は、最終局面に向け一層の支援を参加者たちに訴えました。


〜 丹羽雅雄弁護団長・閉会のあいさつ 〜

■ 集会の最後に弁護団の丹羽雅雄先生が閉会のあいさつをされました。丹羽弁護士は、講師の田中宏先生に謝意を表すと共に裁判闘争への変わらぬ尽力をお願いされました。丹羽弁護士は、報告された二つの裁判について経緯を総括しつつ、大詰めを迎えた法廷闘争の意義を今一度確認しました。4年の長きに渡り続けられてきた裁判が、右傾化する日本社会の変遷と決して無関係ではないこと、国や行政による差別政策に抗うのは常に草の根の市民たちとの「共闘」であったことを指摘して、丹羽弁護士は裁判を通して問われているのは朝鮮学校ではなく日本社会の在りようだと繰り返し仰いました。そして、これらの裁判は、子どもたちの民族教育を受ける権利、普遍的人権を守るための闘いであると同時に、共生を頑なに拒み殺伐とした社会に貶めようとするレイシズムに抗う闘いでもあると宣言されました。丹羽弁護士は、近く200回目を迎える「火曜日行動」に参加し、朝鮮学校への不当な差別是正を訴え続けている支援者らの労をねぎらい、闘いの継続が持つ意義を讃えました。そして、最後に朝鮮学校で学ぶ子どもたちを守る闘いは当事者、支援者、弁護団の「三位一体」の闘いだと強調し、最後の山場を迎えた裁判を必ず勝ち抜こうと拳を振り上げて力強く訴えました。