無償化連絡会・大阪

〜 子どもたちの笑顔と希望のために 〜

カテゴリー: 裁判 (Page 3 of 3)

居直り

厚顔無恥も甚だしい。
もはや嘘も口実も面倒だと言わんばかりだ。
激しくこみあげる怒りをもって9月14日付毎日新聞・社会面の記事を一部引用する。

「無償除外は適法『政治的理由』否定 東京地裁」

「学ぶ権利」同じでは?
 「民主主義はあるのか」。午後2時15分過ぎ、東京地裁前。法廷から飛び出してきた元生徒側の弁護士らが「不当判決」「朝高生の声届かず」と書かれた紙を掲げると、支援者らは怒号を上げ、泣き出す女性の姿もみられた。
東京朝鮮中高級学校の卒業生で、都内の大学に通う女性(19)は「学ぶ権利は他の高校と同じじゃないのか。絶対勝てると信じていたので(敗訴は)悔しい」と、目を赤くした。
この日、傍聴券を求めて約1500人が並んだが、判決読み上げは1分程度。閉廷後に記者会見した原告の女性(22)は「悔しい思いでいっぱい」と涙を浮かべ、原告の男性(21)は「朝鮮人として堂々と生きる権利、子供たちの未来や笑顔などすべてを奪った判決に憤りを隠せない。権利を勝ち取るまで闘う」と語気を強めた。
元生徒側の喜田村洋一弁護士は「明らかに政治的問題を考慮して不指定とした処分なのに、判決はそうは認めず、理由を十分に説明しきれていない。ひどい判決だ」と批判した。
これに対し、ある文科省幹部は「国連安全保障理事会が経済制裁を決議しているのに、日本政府が朝鮮学校に(無償化対象の高校に給付する)就学支援金を出すわけにはいかない。『教育の機会均等』とは別次元の話だ」と、国の主張を全面的に認めた判決を評価した。

高校無償化制度が施行された年の8月31日、文科省は検討会議の報告を発表した。そこではっきりと「外交上の配慮によって判断するのではなく、教育上の観点から客観的に判断する」と言ったではないか。

行政が「公平」をないがしろにし、司法が「公正」を見失ってしまったら、市井の人々に拠り所はなくなる。
大阪地方裁判所で下された判決がそうであったように、行政の過ちは司法が糾さねばならない。

朝高生たちの声届かず

9月13日、午後2時。
東京地方裁判所において「東京・高校無償化裁判」の判決が言い渡された。
現地からのライブ映像には、声を合わせ歌い、シュプレヒコールをあげる1500名もの傍聴希望者たちが映し出された。
午後2時15分、法廷から出てきた弁護士の手に握られていたのは「不当判決」の幕。
怒号と慟哭。辺りは一時騒然となった。
拡声器から聞こえた緊急報告によると、裁判長は主文として「原告の訴えを棄却する」とだけ告げ、判決要旨も語らず逃げるように退廷したそうだ。
「恥を知れ!」裁判所前では、激しい怒りを込めたシュプレヒコールがいつまでも響き渡った。
この日の午後6時半より、日本教育会館一橋ホールで報告集会が行われた。

朝鮮学校無償化訴訟、国が弁論再開申し立て 東京地裁

 被告である国は申立書で、大阪地裁の同種訴訟で7月に国が全面敗訴したことについて「大阪地裁の判断には多くの誤りがあり、東京地裁で新たな証拠を追加して主張する」としている。

原告側は「弁論終結後3カ月以上もたってから新証拠を提出することは民事訴訟法で許されない」とする書面を東京地裁に提出、申し立てを認めないよう求めた。

7月の大阪地裁判決は、国が拉致問題などを理由に無償化の対象外としたのは「教育の機会均等の確保を定めた高校無償化法の趣旨を逸脱しており違法だ」と認定した。国は判決を不服として控訴している。


矛盾している。
審理の過程で示せなかった「証拠」など「こじつけ」以外の何物でもない。
国は、この訴訟で問われているものが何であるかを熟考し、見苦しい「自らの在り方」を改めるべきだ。

三つめの判決

来たる2017年9月13日、「東京・無償化裁判」の判決が下される。
大阪地裁の判決が示した通り、司法の正義と良識を見せて欲しい。

共生を望む声

「草の根」の地道な活動が多民族・多文化共生の芽を大切に育ててきた。

司法の独立性

「三権分立」は民主主義の礎。まさしくこの裁判で問われているのは「日本社会のあり方」だ。

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