哀悼

日本軍「慰安婦」被害者の金福童ハルモニが2019年1月28日、永眠されました。
生前、金福童ハルモニは旧日本軍の「従軍慰安婦」問題に対する国際社会の関心を高め、戦時の性暴力が再び凄惨な被害をもたらすことのないよう、ご自身の痛ましい実体験を語り継ぐ事で国際世論を導いてこられました。
そして、その傍ら在日同胞たちの民族教育に多大な支援を惜しみなく送ってくださり、いつも慈愛に満ちた温かい眼差しでウリハッキョの子どもたちを見守ってくださいました。

金福童ハルモニと大阪ウリハッキョの子どもたちの出会いは2012年まで遡ります。当時の橋下徹大阪市長が旧日本軍の「従軍慰安婦」問題に関して「暴行、脅迫による強制連行はなかった」などと暴言を発した事に抗議し、発言の撤回と被害者への謝罪を求めて大阪での集会に参加し、生野朝鮮初級学校を訪問したのが始まりです。その際、児童たちに「日本の社会で差別があっても、萎縮することはない。堂々と生きなさい」と励ましてくださいました。そして全校児童にノートと鉛筆をプレゼントして下さいました。後日、児童たちから送られて来た手紙をハルモニは目を細めながら読まれたそうです。

それ以来、全国のウリハッキョを訪ねられ、子どもたちを励まし、支援を続けてこられたハルモニは、昨年9月27日には「高校無償化」裁判・高裁判決の言い渡しに合わせて再び大阪を訪れ、判決報告集会に参加した翌日、大阪朝鮮高級学校と台風被害のひときわ大きかった城北朝鮮初級学校を訪問されました。同じく旧日本軍「慰安婦」被害者である吉元玉ハルモニと共に城北ハッキョを訪問された金福童ハルモニは、幼稚班から初級部の児童まで子どもたち一人一人の手を温かく握り、優しく言葉をかけてくださいました。そして、真心のこもった義援金を校長先生に手渡されました。そればかりか、災害にも負けず健気に学ぶ子どもたちのことを気にかけ、11月にも市民団体である「金福童の希望」を通じて二度目の義援金を届けてくださいました。

昨年9月27日、「高校無償化」裁判。大阪高裁での不当判決を受け、憤懣に満ちた報告集会の壇上、金福童ハルモニは力強くこうおっしゃいました。
「私たちは10数年闘っているが、日本政府は全く身動きしていない。それでも私たちはいつか勝利する。だから学生さんたちもくじけないでください。どんなことがあってもあきらめてはいけない。朝鮮学校は生き残る。これから統一する。必ず勝利する日はやってくる!」
そして「ファイティン!」とこぶしを高く掲げました。
呼応する満場の参加者たちは、一緒になってこぶしを高く振り上げ、ハルモニたちの堂々とした姿に希望の光を見ました。そして、それぞれの胸に決意を新たにしました。

14歳から遠く異国の地で、たった一人の身寄りもなく、筆舌に尽くし難い苦痛に耐え生き抜いて来られたハルモニにとって、学校で学ぶことは「普通」のことではなく「叶わぬ願い」であり「夢」だったのでしょう。
だからこそ、戦時性暴力を撲滅し、二度と繰り返させないための運動に命がけでとりくむ傍ら、「学ぶ権利」を脅かされながらもウリハッキョで元気に学び民族の心を育んでいる子どもたちを心から愛おしんで支援してくださったに違いありません。病床でも最後の最後までウリハッキョの子どもたちを心配してくださったハルモニ。(Web版の『ハンギョレ新聞』に詳細記事)
「一生懸命勉強しなさい。」
ウリハッキョの子どもたちにいつもかけてくださった温かい言葉が、今も胸に深く響きます。
金福童ハルモニの気高い心、強い遺志は受け継がれてゆきます。
ハルモニの願った未来、ウリハッキョの子どもたちも差別なく平等に思い切り学べる社会が築かれるまで、私たちの闘いは続きます。

私たちのハルモニ、金福童ハルモニ、どうか安らかにお眠りください。

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